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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)7357号 判決

理由

一、請求原因第一、二項の事実および右第二項の債権譲渡が、被告の訴外会社に対する債権の一部弁済として、訴外会社代表取締役川部福太郎の名においてなされたことは当事者間に争いがない。

二、そこで右債権譲渡当時、訴外川部福太郎が訴外会社を代表する権限を有していたか否かについて考える。

(一)  《証拠》によれば、訴外川部は、昭和二七年二月二五日訴外会社の代表取締役に就任し(同年三月一八日登記)、昭和二八年一〇月二九日代表取締役のみを退任したが(同年一一月二日登記)、同年一二月一日再び代表取締役に就任し(同年同月一八日登記)、昭和三〇年一月五日代表取締役を解任されたとして、同年同月一二日付をもつて解任の登記がなされ、ついで同年二月一九日再度代表取締役に選出されたとして、同年四月二八日付をもつて就任の登記がなされたことが認められる(右の経緯による各登記がなされたことは当事者間に争いがない)。

(二)  被告は、昭和三〇年一月五日の取締役会における訴外川部の代表取締役解任決議は、取締役の資格のない訴外岸田恵太郎が出席し、かつ議決に加わつたために、無効であると主張するので、まずこの点について判断する。

《証拠》によれば、訴外岸田は、昭和二七年二月二五日、訴外青木文雄、同黒川武雄、同川部福太郎とともに訴外会社の取締役に就任し(同年三月一八日登記)昭和二九年二月二五日訴外青木および同川部とともに(訴外黒川は昭和二七年三月三一日辞任)任期満了により退任したこと(なお、訴外岸田が昭和二七年六月ごろ取締役を辞任したとの乙第六号証の記載は措信しない)、そして、昭和二九年七月一五日訴外川部好子とともに再び取締役に就任したとして、同月一九日付をもつてその旨の登記がなされるとともに、右退任の登記がなされたが、訴外川部福太郎は、同年七月一五日の株主総会における訴外岸田および同川部好子の取締役選任決議取消の訴を提起するとともに、同年八月二五日右両名について職務執行停止ならびに職務代行者選任の仮処分決定を得たこと、その後同年一二月一七日右株主総会決議取消訴訟について請求認容の判決がなされ、右判決は昭和三〇年一月四日確定するに至つたこと、そして、同年同月一〇日右取締役職務執行停止ならびに職務代行者選任の仮処分決定が取消され、同年一一日その旨の登記がなされるとともに、前記訴外岸田および同川部好子の取締役就任登記が抹消され、これに伴ない、前記訟外岸田、同青木、同川部福太郎の取締役退任登記が抹消され、右三名について取締役、代表取締役の回復登記がなされたことが認められ、証人川部福太郎の証言によれば、前記同年一月五日の取締役会における訴外川部福太郎の代表取締役解任の議案については、当時代表取締役であつた原告と訴外岸田が賛成し、訴外川部福太郎および同青木文雄が反対したことが認められる。

そして、株主総会の取締役選任決議取消請求訴訟が提起され、職務執行停止の仮処分決定がなされた場合において、右訴訟における請求認容の判決が確定したときは、右職務執行停止の仮処分は、右判決確定と同時に、当然その効力を失うものと解すべきであるから、訴外岸田についてなされた前記職務執行停止ならびに職務代行者選任の仮処分は、前記判決の確定した昭和三〇年一月四日をもつてその効力を失つたというべきであり、したがつて、訴外岸田は、訴外川部福太郎の代表取締役解任決議のなされた同年同月五日当時、訴外川部福太郎および同青木文雄とともに、商法二五八条第一項により、取締役としての権利義務を有していたものというべきである。

しかして、取締役会における代表取締役解任決議については、当該代表取締役は、特別利害関係人として議決権を有しないものと解すべきであるから(商法二六〇条の二の二項、一二九条五項、二四〇条二項)、前記訴外川部の代表取締役解任の議案は、賛成二、反対一で可決されたというべきである。

(三)  そこで次に昭和三〇年二月一九日の取締役会における訴外川部の代表取締役選任決議の効力の有無について考えるに《証拠》によれば、訴外会社の定款には「取締役会は取締役会長が招集する。取締役会長に事故あるときは社長が招集する。」と規定されていること、右当時取締役会長は欠員になつており、代表取締役社長は原告であつたこと、右取締役会は、招集権者でない訴外川部が招集したものであり、しかも原告に対する招集の通知もなく、かつその出席もなしに開かれたことが認められ(る)《省略》。

してみると、右取締役会は有効に成立したものということはできないから、訴外川部の代表取締役選任決議はその効力を有しないものというほかはない。

被告は、原告が当庁に提起した右決議無効確認請求訴訟において請求棄却の判決が確定した旨主張するが、当庁に保管中の右判決原本によれば、右訴訟は原告を原告、訴外会社を被告とするものであり、取締役会の決議無効確認請求訴訟の判決は対世力を有しないから、原告が被告との関係で右確定判決に反する主張をすることは許される。

(四)  被告は、前記債権譲渡は訴外川部が訴外会社の代理人としてなした行為として有効である旨主張するが、訴外川部が右債権譲渡につき、訴外会社から代理権を授与されたことを認めるに足りる証拠はない。

三、したがつて、訴外川部のなした前記被告に対する債権譲渡は無効であるというべきであるから、本件仮差押は、被保全権利なくしてなされたものとして、違法なものというべきである。

四、そして、《証拠》によれば、訴外川部が、前認定のように、取締役会の招集権者である原告の招集によらず、しかも原告に招集の通知もすることなく、かつその出席を得ないまま、自己の代表取締役選任決議を強行したのは、当時の被告会社の専務取締役訴外斉藤俊治および同会社の顧問弁護士訴外山崎保一と協議し、その意向を受けてのことであること、前記訴外川部の代表取締役就任登記手続および本件債権譲渡は、当時原告が訴外会社の代表者印を所持していたため、被告の費用で別の代表者印を作成した上、それによってなしたものであることが認められ、右認定に反する証拠はないから、被告には、訴外川部が訴外会社の代表権限を有しないこと、したがつて本件債権譲渡が無効であり、本件仮差押の被保全権利が存在しないことについて少なくとも過失があつたと認めるのが相当である。

被告は、訴外川部の代表取締役就任登記を信頼して本件債権譲渡を受けたものである旨主張するが、その理由のないことは右に説示したところからして明らかである。

五、次に右違法な仮差押によつて原告の被つた損害について判断する。

(一)  原告は訴外会社の代表取締役として絶大な信用を保持していたが本件仮差押によりその信用と名誉を棄損された旨主張するところ原告の右主張事実を肯認せしむべき具体的事実についてはこれを認むるに足る証拠はなく、原告の右主張はその理由なきものといわなければならない。

つぎに原告は本件仮差押により激しい精神的衝撃を受けた旨主張するところ、原告本人尋問の結果およびさきに認定した本件仮差押に至つた経緯によれば原告が本件仮差押により相当の精神的衝撃を受けたことを認めることができる。被告は原告の受けた右精神上の苦痛を慰謝するに足る金員を支払わなければならない。そしてその金額は一〇万円をもつて相当と思料する。

(二)  請求原因第五項(二)の損害についてはこれを認めるに足る証拠はない。

六、以上の次第であつて、被告は、民法四四条一項または同法七一五条により、原告に対し右損害を賠償する義務があるというのであるから、原告の本訴請求は、一〇万円およびこれに対する右不法行為の後であり、本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和三〇年一〇月六日から右支払いずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、正当であるからこれを認容すべきであるが、その余は失当であるからこれを棄却

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